カルロス・ゴーン氏の逃亡劇が新たな展開を迎えている。逃亡を手助けしたとされる米国人親子の身柄が米国当局から日本の検察に引き渡された。異例の逮捕、移送により、今後は特捜部が真相の解明を進めることになる。
引き渡しの意義は?
確かに、日本は米国との間で犯罪人引渡条約を締結している。1年以上の懲役・禁錮にあたる罪であればよく、自国民の引き渡しも可能だ。
それでも、今回の移送実現は画期的だ。2人の容疑は犯人隠避と密出国幇助だが、より重い前者ですら最高刑は懲役3年どまりであり、米国以外を含めた過去の引き渡し事例と比べても軽い部類に属するからだ。
すなわち、日本が他国から逃亡者の引渡しを受けた件数は、例年、0~数人程度にとどまる。凶悪な殺人事件など、多大な時間と費用をかけて引き渡しを求めるに値するだけの重大犯罪に限られている。
検事が自ら米国に行き、現地の当局から米国人被疑者の身柄を受け取り、航空機で日本に移送するというのも異例だ。
ゴーン氏をめぐる疑惑は民間企業を舞台にした経済事件にすぎなかったが、電撃的な逃亡劇により日本の国家主権がないがしろにされた。警察をも巻き込む形で外事・公安事件の様相を呈する事態に至ったことが引き渡しの判断にも大きく影響したのではないか。
今後の捜査は?
この移送はスタートラインにすぎない。日本への到着後、検疫手続を経て2人は東京拘置所に収容される。検察の請求により、裁判所は勾留を認めることだろう。
今後、2人に対する詳細な取調べが行われ、逃亡計画の立案や実施状況、日本国内における協力者の有無や関与状況などに関する捜査の進展が期待される。
例えば、ゴーン氏は弁護士事務所に設置された特定のパソコンしか使用できず、特定の携帯電話しか利用できない条件となっていたので、いかにしてその網の目をかいくぐっていたのかといった点だ。
特別背任罪で起訴された被告人に関する犯人隠避罪については司法取引が可能なので、検察がこの制度を利用し、2人にアメを与えて情報を得ることもできる。
また、ゴーン氏の逃亡劇をめぐっては、2月24日、トルコの裁判所がゴーン氏の逃亡を手助けしたとして航空会社元幹部らに禁錮4年2ヶ月の実刑判決を言い渡すなど、トルコの捜査や裁判の方が先行している。
日本の検察は、「捜査共助」という制度により、トルコ当局が把握している証拠や情報を手に入れることができるし、むしろ既に入手していると考えるのが自然だ。
真相解明は容易ではない
もっとも、今回の米国人親子は、ゴーン氏から「口止め料」を含め、多額の報酬を得ているはずだ。特捜部の取調べで完全黙秘や否認を貫くなど、捜査に対する徹底抗戦が予想される。
背後関係の解明は一筋縄ではいかないかもしれない。それでも検察は、わざわざ米国から身柄の引き渡しまで受けている以上、2人を起訴するはずだ。
ただ、犯人隠避と密出国幇助だけだと、日本の場合、トルコと違って刑罰が軽い。執行猶予すら考えられる。
起訴後の裁判ではゴーン氏の逃亡を手助けしたという事実そのものについては認めて争わず、一方で詳細は黙秘して語らず、早期に裁判を終わらせ、執行猶予を得るとともに米国への強制送還を狙うといった戦略も想定される。
包囲網を縮めて「兵糧攻め」に
とはいえ、今回の移送により、少なくともゴーン氏が米国に入国すれば、現地の当局に身柄を拘束してもらい、日本に引き渡してもらうことが期待できるようになった。
米国の裁判所や国務省は、米国人親子ですら、彼らの「日本の刑事司法制度は劣悪で、不当な取り扱いを受ける」といった主張を退け、日本に引き渡したからだ。
今のところレバノンが自国民であるゴーン氏の身柄を日本に引き渡すことは考えにくいが、それでもレバノン以外の国に行き来させるよりは、レバノン国内に足止めさせ、「兵糧攻め」にするほうが何かと交渉もやりやすい。
今後は、米国のほか、先ほどのトルコやゴーン氏に対する捜査を進めているフランスなど、諸外国の協力を得たうえで、「レバノンが悪い」という国際的な流れを作り、包囲網を縮め、圧力をかけていく必要がある。
米国人親子を確保して事足りるわけではなく、主役であるゴーン氏を再び日本で裁くことの方がはるかに重要なのだから。(了)
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