小野さんは、12年前に起きた原発事故で避難を余儀なくされたため、妻の繁子さんともに郡山市で避難生活を続け、毎年、桜が咲く時期には一時立ち入りを申請してふるさとに足を運んできました。
生まれてから原発事故が起きるまで63年間、夜の森の桜並木とともに暮らし、子どものころは通学路も友達と遊ぶのも桜のトンネルの下だったということです。
小野さんは「定年退職し、第2の人生が始まると思ったやさきに震災と原発事故が起きたので、12年たってやっと元の暮らしに戻れます。夕方、花見客が少なくなったらゆっくり桜を楽しみます。周りではたくさんの家が解体されて今は人がいませんが、『帰還するつもりだ』と話している人もいるので、これから少しずつにぎわいが出てくればいいと思います」と話していました。
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