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9月29日に行われた自民党総裁選は河野太郎の完敗に終わった。党員・党友票で過半数近い得票を得ながら、国会議員票を加えた1回目の投票ですでに首位の座を岸田文雄に奪われ、国会議員票だけを見れば高市早苗にも敗れて3位という無残な結果だった。
決選投票などしなくとも河野の完敗はその時点ですでに明らかで、決選投票は河野を針の筵に座らせていただけである。その残酷な時間を河野はじっと目をつむって耐え続けていた。
河野が完敗したことは、自分が出馬しない代わりに河野を担いだ菅義偉の完敗を意味する。自民党に世代交代を引き起こし安倍―麻生体制を終わらせようとした菅の野望ははかなく消えた。自民党に「革命」を起こそうとした菅の野望を鎮圧したのは安倍晋三である。
今回の総裁選の主役は、河野太郎でも岸田文雄でも高市早苗でも野田聖子でもなく、安倍晋三ただ一人だ。コロナ禍という危機の最中に現職総理を交代させることなど通常では考えられない。菅はおそらく無投票で再選されると信じていただろう。安倍からも麻生からも再選支持のサインが送られていたからだ。
ところが安倍は菅に再選支持のサインを送りながら、別のことを考えていた。安倍の岩盤支持層である右翼陣営が菅総理に不満を募らせていたからだ。菅総理は少しも安倍路線に忠実でないと右翼陣営の目には映っていた。
その象徴的な出来事が日本学術会議の任命拒否問題だ。安倍政権の方針に反対を表明した6人の学者を安倍政権は任命拒否した。しかしそれが公表されたのは菅政権に代わった直後だ。従って任命拒否の責任は菅総理が負うことになる。
ところが菅は野党の追及にしどろもどろの答弁を繰り返し、その人事は自分ではなく杉田官房副長官が行ったと釈明し、右翼から見れば許しがたい学者を非難する姿勢を見せない。右翼陣営には菅が安倍政治の継承者に見えず、そこから菅総理に対する不満が生まれた。
野党やメディアは菅と安倍を一体と見るが、右翼陣営はそう思わない。安倍が宿題とした敵基地攻撃にも消極的で、右翼イデオロギーが希薄だ。そして同時に安倍の継承者であるはずの稲田朋美が、総理を目指すためなのかジェンダー問題でリベラル勢力と手を結び、自分たちの主張と相容れなくなった。
安倍を支えてきた岩盤支持層の自民党不信は増大する。それが自民党離れを引き起こすことになれば、安倍の政治力は減殺される。それでなくとも安倍―麻生連合が生み出した菅政権は河野太郎と小泉進次郎を重用し、自分が「禅譲」しようと思っていた岸田を徹底的に干し上げている。
さらに菅は総理を4年間は続ける姿勢を見せた。それは安倍の将来をも危うくする。安倍はそもそも東京五輪を招致した総理が開催時の総理もやることを目標にしてきた。祖父の岸信介が五輪招致に成功したものの、60年安保を巡って退陣せざるを得なくなり、開催時の総理が池田勇人に代わったことに対するリベンジだ。
だから安倍はスーパーマリオの格好までして東京五輪招致に力を入れた。2020年に東京五輪が開催されれば、開催国の総理として世界の注目を浴びた後、電撃的に退陣を表明し、岸田に政権を「禅譲」する予定だった。
世界中に惜しまれながらの退陣を演出することで、安倍はキングメーカーとしての力を見せつけ、その余力で長州の先輩である桂太郎と同じ3度目の総理に就任する。そして憲法改正というレガシーを歴史に刻むのだ。それが安倍の夢だった。
しかしその夢にコロナが立ちふさがる。当初は自分の任期中に東京五輪を開催すべく、森喜朗前東京五輪組織委会長が提案した「2年延期」を退け「1年延期」を決定したが、コロナ対策と東京五輪開催の両立が困難なことを悟ると、病気を口実に一時的に避難する道を選ぶ。退陣して難事業を菅官房長官に委ねることにしたのだ。
そして総理となった菅が自分の夢の障害にならないよう、日本学術会議会員の任命拒否を「置き土産」にして踏み絵を踏ませ、国民的人気が出ることを阻止しようとした。
これに対し菅はグリーンとデジタルという中長期の政策課題に国民に人気のある河野太郎と小泉進次郎を登用し、安部が菅政権を潰しにかかれば世代交代に打って出る構えを見せた。
コロナ対策と東京五輪の開催は、相反することを同時にやろうとする矛盾の極致である。菅は安倍の言う「完全な形」ではなく「無観客開催」で乗り切ろうとしたが、「不完全な形」になった五輪に安倍は出席する訳には行かなくなる。そして同時にコロナ対策と東京五輪開催という矛盾は菅政権の支持率を押し下げていく。
私はその時点で安倍が菅の続投を見限り、岸田政権を誕生させると同時に自分の岩盤支持層を自民党に呼び戻す目的の自民党総裁選を画策し始めたと思う。東京五輪中止に言及した二階幹事長を3A(安倍、麻生、甘利)の一人である甘利明に交代させろと菅総理に要求し、岸田には二階幹事長交代と総裁選出馬を表明させる。同時に無派閥の高市早苗に右翼陣営にアピールする主張をさせて総裁選出馬に踏み切らせた。
二階幹事長交代を要求された菅は、その要求に応えながらも甘利ではなく、幹事長候補に小泉進次郎、河野太郎、そして安倍の天敵である石破茂の名前を出して抵抗した。それらが拒否されると最後に自分は出馬せず、河野太郎を担ぐことで世代交代という「革命」を実現しようとしたのである。
世代交代は「革命」である。現役のベテラン議員にとって政治的死を意味するからだ。だから長老たちは命がけで世代交代を潰しにかかる。私は田中角栄がキングメーカーとして日本政治に君臨していた頃、田中支配に挑戦した若手政治家を、長老たちがいかに恐れていたかを知っている。長老たちは政敵同士であっても手を結んで世代交代を潰しにかかった。
角栄は私に「世代交代は革命だ。絶対に潰してみせる」と言ったが、角栄の天敵である福田赳夫も角栄が健在である限りは世代交代を認めず、安倍晋太郎は派閥を継承できなかった。そのため田中派の金丸・竹下と安倍は秘かに手を組む。親分には絶対知られないようにして仲間を増やしていった。
そうしてできた竹下の「創政会」を安倍は裏から応援する。しかし角栄が病に倒れなければ「創政会」は潰されていたと私は思っている。それほどにすさまじい攻防が野党も巻き込み水面下で起きた。そして角栄が病に倒れたことで、竹下と安倍はそれぞれ派閥の会長になることができた。私は世代交代が簡単ではないことを嫌というほど思い知らされた。
派閥の数の論理に対抗するには国民的世論を動かすしかない。それを証明したのは小泉純一郎である。小泉は森喜朗が退陣した後の2001年の自民党総裁選に出馬したが、派閥の数の論理で最大派閥の橋本龍太郎に勝てるはずはなかった。
しかし小泉は街頭で「自民党をぶっ壊す!」と絶叫し、田中真紀子が応援演説をすると、たちまち黒山の人だかりとなり、それをテレビが連日報道したため、日本列島に一種のフィーバーが起きた。自民党総裁選は自民党の枠を超えて国民的一大関心事になった。
国民的熱狂に国会議員票は影響され、当選するはずのなかった小泉が総理となり、自民党本部は観光バスのツアーが訪れる観光スポットになった。今回の河野太郎陣営が目指したのはその再来だったのではないか。それ以外に安倍―麻生体制に対抗する方法はない。
しかしコロナ禍がそれを阻んだ。今回も街頭で訴えることができれば、小泉進次郎や石破茂の応援に多くの聴衆を集めることはできたと思う。それは岸田や高市、野田より多くの聴衆を集めることで、他候補との違いを可視化できた。その効果で国会議員を動かし、派閥の論理を打ち破れた可能性はある。しかしそれができなかった。
一般の世論調査で5割を超える河野に対する支持率は可視化されず、それが可視化されないため、自民党の党員・党友票も5割に近いとはいえ5割を超えなかった。それでは派閥の締め付けを撥ねかえすことができない。
さらに菅政権の不人気から「選挙の顔」を代えるよう求めた若手にとって、菅の不出馬は一転して自民党の支持率を上昇させ、国民に人気のある河野でなくとも、選挙を戦えるのではないかという「錯覚」を生んだ。
それが「錯覚」だと思うのは、菅総理の退陣表明に敏感に反応したのは株式市場で、株価は3万円を超えてバブル期以来の最高値を付けたが、それは改革派の河野が新総理になることへの期待感である。自然エネルギーへの転換が加速されるとマーケットは見たので株価は上昇した。
ところが岸田が次期総理になることが分かると、29日の株式市場は大幅下げに転じた。新総裁が決まれば普通はご祝儀相場で株価は上がるものだが、マーケットは自民党に改革の意欲がないとみたのだ。株価は将来を予測するものである。岸田政権の日本の将来をマーケットは明るくないと予想したことになる。
岸田政権を誕生させたのは一から十まで安倍晋三の力だ。それはひとえに安倍の夢を実現させるためのものである。自分の岩盤支持層を自民党に繋ぎ止め、岸田を傀儡にして、3度目の総理就任に挑戦する。それに麻生と甘利が協力し、安倍政権を操った今井尚哉前総理首席秘書官が岸田の選挙参謀を務めた。
岸田はこれらの人たちに操られる他に政権運営の方法はない。人事はそれを証明することになるだろう。そうなって初めて国民は岸田政権の本性を知ることになる。9年前から続く安倍―麻生体制の延長に過ぎないことを。
私が最も懸念するのは、気候変動問題で河野や小泉は自然エネルギーに大胆に舵を切ることを考えていた。それが世界の潮流であるからだ。しかし原発推進派の今井が操る岸田政権は、自然エネルギーより原発に依存する度合いが大きくなる。それでは世界から日本が取り残されていくことにならないか。
欧州を見ていると、気候変動問題で自然エネルギーへの速やかな転換と、安全保障問題で米国に頼らない自立した軍事体制への転換が図られようとしている。世界から手を引こうとする米国を見ればそれは当然の帰結である。
そうした中で岸田政権の誕生は、日本がこれまでと変わらない米国依存の路線を取り続けると思われることになる。米国は今、新型の小型原子炉を開発してそれを他国に売りつけようとしている。それにいち早く乗ろうとしているのが、高市や岸田の主張だった。そしてそこに河野との最大の違いがあった。
この選挙結果を見れば、自民党内での河野の主張は封印された。次の総裁選が行われるまでの3年間封印が解かれることはない。それを変えようと考える国民がいれば、国民が参加する選挙で岸田政権を倒すしかない。
では今の野党に岸田政権を倒す力があるか。私は悲観的にならざるを得ない。実は河野総裁が誕生し、自民党に世代交代が起これば、それは野党にも波及すると私は見ていた。河野政権を倒すためには野党のリーダーも若返りしなければならないと国民は考え、野党にも世代交代の波は押し寄せると考えた。
しかしそうならなかったので、実は野党の幹部たちは胸をなでおろしているのではないかと思う。岸田政権は表はリベラルだが実体は安倍―麻生体制である。野党にとっては表がリベラルであるだけに攻めにくい。そこに安倍の狙いはある。
それを打破するには、自民党内で封印された自然エネルギーへの大胆な転換を野党が前面に立てて岸田政権と対峙することではないか。水面下で河野たちと連動することも考えられる。11月に予定される総選挙での政権交代はなくなったと思うので、来年夏の参議院選挙で野党が過半数を得ることを目指す。
「ねじれ」が生じれば岸田政権はそこで終わる。岸田政権が終われば安倍の夢も終わる。そうして日本政治に新たな舞台が登場する。そのためには野党はどんなことでもやる。その覚悟を持たなければならない。自分の肉を切らせて相手の骨を断つ。野党にその覚悟はあるか。
菅は自民党内で世代交代を仕掛け、今回は完敗したが、自民党が旧体制のままでいるのなら、野党の側にこそそれと同様の変革を起こさせ、参議院選挙で過半数を獲得するための戦略を考える人間はいないのか。それとも安倍の日本支配を許すのか。自民党総裁選はそれを考えさせた。
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